tafotsさんの歌から5首

(Thu)

Posted in 題詠blog2011鑑賞

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題詠blog2011を走り終えた皆さまの歌を鑑賞させていただきます。
今回は、tafotsさんの歌から5首を選ばせていただきました。

014:残
10年後禿げて太って水虫でインドで残飯売りをしてても


将来像として、「禿げて太って水虫で」までならまだ想像の域を出ない。しかし、下句がひたすらに意外である。いったい何がどうなったら、十年という期間で、この人はそんな人生を辿ることになってしまうのか?
だが、逆接で締めくくられているとおり、彼(「禿げて」というところからおそらく)に向ける眼差しはあたたかく、そしてどこか逞しい。


038:抱
窓型の明かりの行路 抱卵を知らぬ種類の鳥として飛ぶ


飛行機に乗っているところだろう。外からは、等間隔のちいさな窓から漏れる明かりが、まっすぐに行き先の方へ向いているように見える。
実際に飛んでいるのは、人そのものではなく飛行機である。しかし、羽ばたくことのない翼でもって空を翔る飛行機を「抱卵を知らぬ種類の鳥」と喩えたとき、その中に乗り込む人とのあいだに一体感が生まれた。飛ぶためだけに作られた翼、あたたまることのない体をもつ鋼鉄の鳥は今、夜を越える。目的地と定めた場所まで、一心に。

049:方法
噛まないで飴を舐めきる方法を教えてくれたひとの通夜。雪。


ちいさな病院の待合室にいたときのことだ。五六歳の男の子が、おとなしく待つのに飽きてしまったのか、傍らにいた母親に菓子をせがんだ。母親は手提げからアンパンマンの飴を取り出し、息子に与えた。息子が包装を破き、飴を口に放り込んだ、その次の瞬間。待合室に、男の子の固い咀嚼の音が響き渡った。彼は、飴をまったく舐めることなく、まるでスナック菓子のように噛み砕いて食べているのである。当然、飴はすぐになくなってしまい、男の子は母親に次の飴をねだる。疲れた風情の母親は、請われるまま機械的に手提げから個包装の飴を取り出し、男の子に渡す。いちごもメロンもレモンも関係なく、男の子はばりばりと飴を乱暴に噛み砕いては飲み込んでゆく。その音はあまりに大きくて、私は早く自分の名前が呼ばれることを願ってしまったほどだった。
あの少年に、飴を舐めきる方法を教えてくれた人はいたのだろうか。そんなことをふと、思い出した。


060:直
3階の窓から君の両腕が垂直に生え猫を離した


「だしぬけ感」が怖さを誘う一首である。行為そのものも残酷なのだが、両腕しか見えていない状態でその猫を離したのが他ならぬ「君」であることを理解しているのも不気味である。
あえて気になる部分を挙げるとすれば、「垂直に」が異様さを醸し出しつつも駄目押しのようにもなっているので、題詠でなければ省略して他の言葉に置き換えてしまっても良いかもしれない。


083:溝
外国の海溝にまだゆっくりと沈み続けるピアスの小鳥


『どこかで半分失くしたら役には立たないものがある』――松任谷由実「真珠のピアス」の歌詞の一部である。この場合も、歌全体に染み込んでいる深海のような寂しさから、一対になっていた鳥のうち片方だけはぐれてしまったのではないかと思わせる。また、本来なら空を自由に飛ぶはずの小鳥が暗い海溝へと沈んでいくことも、取り返しのつかないことの証のようで、静かな情景ながら胸が痛む。

※tafotsさんに題詠blog2011の百首からお気に入り一首ほかを選んでいただきました。

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