南野耕平さんの歌から5首

(Sat)

Posted in 題詠blog2011鑑賞

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題詠blog2011を走り終えた皆さまの歌を鑑賞させていただきます。今回は、南野耕平さんの歌から5首を選ばせていただきました。

026:震
共に揺れ共に震えて魂は肉体という舟を漕ぐのだ


「肉体は精神の器」「体は遺伝子を運ぶ舟」など、見立てそのものはよくあるパターンではあるが、魂と肉体が別個のものではなく同じリズムを刻んでいるとしたところが目新しい。揺れは外界からの刺激で、震えは内部からのシグナルだろう。一蓮托生、頼りないながらも進みゆく一艘の小舟が目に浮かぶようだ。


051:漕
漕いできた舟は燃やしていきなさい その火が照らす暗がりの中


舟を下りて陸に立ったその人にかけられる声は、誰のものだろう。来たからには後戻りができないことを隠しもしない、やさしげな「いきなさい」という語尾とは裏腹に厳しい声だ。燃やした火だってそう遠くまでは届かないだろう。026の歌と併せて読むと、一層深みのある一首だと思う。


065:羽
この海を渡りきるのに必要な羽はないしと海を見る猫


海を見ている猫が海を渡りたがっているとした視点がユニークだ。猫のクールな視線からは、泳いで渡ろうとするほどの気概や情熱は感じられない。従って羽を欲するのだが、なければないで海を渡ることはない。ここにいるしかないという、かすかな諦めに似た心情が猫に託されているようでもある。


095:遠慮
遠慮している場合ではありません 存在さえも危ういのです


謙譲が日本人の美徳とされるが、この歌はそもそもの存在そのものを危惧して警鐘を鳴らしている。表現の世界などは特にそうだと思う。前に前に出て行く気概がないと、か細い声を上げるちっぽけな存在などすぐに踏みつぶされてしまうだろう。ストレートさゆえに、このメッセージはまっすぐ胸に突きささる。


098:味
後味の悪さが残るだけならばいっそ噛まずに飲み込みなさい


中澤系の「小さめにきざんでおいてくれないか口を大きく開ける気はない」という歌をどことなく思い起こさせる歌である。中澤の歌の続編とも考えることもできる。やさしいアドバイスのようにも思えるが、実際は「飲み込むこと」を強要している。不穏さを感じさせる一首である。
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